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エンタメ・知財法務

2025.10.18

開発紛争から考える契約条項の注意点〜ゲーム・アニメ制作やアプリ・ソフトウェア開発における業務委託契約書の在り方〜

ゲーム・アニメ・アプリ制作やソフトウェア開発を発注・受注する場合、長期間かつ高額な発注を行うことも少なくありません。

しかしながら、長期の制作・開発を行う場合、途中で仕様変更が行われたり、成果物に問題が生じたり、発注者側の要求水準が高いことなどに起因して、開発期間が延長されることも多く、むしろ予定通りに成果物が完成するケースの方が少ないともいえます。

そのような長期の制作・開発においては、最終的に成果物が完成しなかった場合、開発費の支払いや責任の所在を巡って紛争へ発展することが少なくありません。

弊所でも、ゲーム、アニメ、配信アプリ、ソフトウェア等の開発に関連した訴訟案件を多数取り扱っています。

そもそも「契約書がないケース」や「契約書はあるが必要な事項が記載されていないケース」、「最初は契約書を締結したが、仕様変更の際に覚書を締結しなかったケース」など、「契約書があれば簡単に解決できたのに」といった事案が後を立ちません。

今回は、そういったトラブルが極力生じないよう、なぜ契約が重要なのか、また、業務委託契約書にどういったことを記載すれば良いのかについて、発注者受注者双方の立場から、実務的な観点から解説いたします。

CONTENTS

執筆者プロフィール

弁護士法人LEON
代表弁護士 田中 圭祐

大手エンタメコンテンツ会社の法務部に所属していた経験から、
企業法務、知的財産法務、渉外法務の分野を中心に活動しております。
事務所としては、これらの分野に加え、インターネット問題の解決に積極的に取り組んでおります。

報酬の設定が不明確であることによって発生する紛争

はじめに

エンタメ業界では、契約書がないというパターンが見られます。また、基本契約書はなんとなく締結しているが、個別契約書がないというパターンもよく見られます。

契約は、原則「当事者間の合意」によって成立するため、口頭の合意でも契約の成立は認められます。しかしながら、「言った言わない」の世界となってしまい、書面で合意内容を残しておかないと紛争の火種となります。

特に、報酬がいくらに設定されたか不明確な場合、当然ながら報酬の支払いを巡って紛争へ発展する可能性が高まってしまいます。

以下では、実例をもとに、契約書で報酬に関して定めておくべき事項について解説します。

紛争事例

例えば、以下のケースを考えてみましょう。

A社は、B社に、シナリオ1本の制作を依頼し、20万円程度という予算感を伝えた。B社は制作に要した時間給で報酬を請求しており、1時間2万円/10時間で完成すると考えてこれを了承した。

しかし、シナリオは実はかなりの長編で、完成までに50時間も要してしまった。

B社はA社に100万円(2万円×50時間)を請求したがA社は20万円しか支払わないと主張している。

A社は時間給などという合意はしておらず、20万円を支払う義務があると考えています。

他方でB社は50時間の作業量を要するイラストが20万円のはずがないと考えています。

いうまでもなく、契約書で金額を定めておけば、この紛争は回避をすることができました。

これは典型的なパターンですが、以下のようなケースも存在します。

Aさんは、友人のBさんに、UIのデザインを依頼した。友人同士ということもあり、特に報酬の話はせずに、BさんはUIデザインを制作した。なお、Bさんはイラストレーターとして活動しているが、UIデザインは初めて対応する業務であった。

BさんはAさんに、30万円請求したが、Aさん無料だと思っていたと主張している。

友人間や、代表者同士が友人である会社間、継続的な取引をしている会社間でありがちな紛争です。

そもそも、報酬の話すらしていないケースでは、Bさんは何も請求できないのではないかという問題が生じます。

この点、商法に以下の規定が存在します。

(報酬請求権)

第512条 商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。

上記の規定があるため、商人に営業の範囲内の仕事を依頼した場合、無償の合意がない限り、商人の業務は有償とみなされます。なお、無償の合意は依頼をした側が立証責任を負うことになります。

上記のケースでは、無償合意はなさそうですが、BさんがUIデザインを初めて制作するという点で「営業の範囲内」といえるのか、また、「営業の範囲内」といえた場合であっても、相当な報酬とはいくらなのか等が争点となり、訴訟が長期化する可能性が高いです。

これも契約書があれば解決する話でした。

必要な契約書の記載

上記事例からも明らかなとおり、契約書を締結し、報酬を定めておくことが重要です。報酬についても、金額、支払日、計算根拠や性質(成果物単位で金額を設定するのか、時間単位で金額を設定するのか)をしっかりと記載しておく必要があります。

例えば、以下のような規定です。

  1. 甲は乙に対し、本業務に関する一切の報酬として、金100万円(税別)を支払う。
  2. 甲は乙に対し、前項の業務委託料を、成果物の納品があった日の属する月の翌月末日限り、別途乙の指定する銀行口座に振り込む方法により支払う。なお、振込手数料は甲の負担とする。
  3. 第●条記載の業務の範囲を超過する業務が発生した場合、甲及び乙は別途協議の上、書面で追加の報酬金及び支払時期を定める。
  1. 本業務の対価は、20時間分の工数を前提として、金100万円(税別)と定める。
  2. 甲は乙に対し、前項の業務委託料を、別途乙の指定する銀行口座に振り込む方法により支払う。なお、振込手数料は甲の負担とする。
  3. 本業務が20時間を超過した場合、1時間あたり5万円(税別)の追加費用が発生するものとする。支払い方法は前項の定めを準用する。

成果物の内容や範囲が不明確であることから発生する紛争

はじめに

最も多い開発紛争のパターンが検査不合格による開発の遅延や停止に伴う紛争です。

アニメ、ゲーム、ソフトウェア問わず、発注者の想定する成果物と、受注者の想定する成果物にギャップが生じており、それが明確にならないまま開発が進み、成果物が検査不合格となるケースです。

特に大型の開発契約の場合、開発費用が高額となり、開発期間も長期間となるため、協議では解決ができず訴訟に発展するケースが散見されます。

以下では、実例をもとに、契約書に必要な記載について解説いたします。

紛争事例

A社はB社に対し、新規のゲーム開発を一括して発注した。開発費用は1億8000万円と設定され、開発期間は1年6ヶ月に設定され、成果物の納期は令和8年6月末日と設定された。スケジュールは以下となった。

  • 令和7年10月末日までにα版を開発(α版開発後1億円を支払う)
  • 同年8年2月末日までにβ版を開発(β版開発後4000万円を支払う)
  • 同年6月末日までにデバッグ作業を完了させて納品(完成品納品後4000万円を支払う)

B社は、予め20名の開発人員をアサインし、一人月50万円、一月1000万円(20人×50万円)×18ヶ月の1億8000万円で見積もりを出していた。

契約書は締結したものの、ざっくりとしたもので以下の事項しか定められていなかった。

  • A社はB社に対して、ゲームの開発を委託する。
  • 納期は令和8年6月末日とする。
  • 業務委託料は1億8000万円とし、各段階に応じて業務委託料を支払う。

α版納品までは順調に進んでいたが、β版開発中に、競合他社から類似ゲームが販売された為、差別化のために、A社からの要望でゲームに仕様の変更が加えられた。B社はこの仕様変更に同意し、作業を行った。この際、B社は仕様変更による開発工数の増加に対応する為、人員を5名追加でアサインした。この際に書面は締結しなかった。

しかしながら、追加の仕様変更が原因で、バグが大量に発生し、β版の完成が4ヶ月遅延した。6月末日にようやくβ版を納品したが、A社は納品を受けた成果物を確認し、品質・内容が当初の想定を満たしていないと判断し、検査不合格とした。

この時点で、B社の開発費用が底を尽きた為、A社に対しβ版の開発費用4000万円の支払いを求めたが、A社は拒絶した。

B社は従業員に給与を支払えず、開発は中断された結果、A社は契約を解除し、B社に対して既払金の返還を求めた。

上記紛争は、訴訟でしか解決ができないと思われる上、訴訟もかなりの長期化が想定されます。

まず、B社の主張は以下です。

  • 契約は見積書からすれば稼働時間・工数に応じて報酬が発生する準委任契約であり、当初予定していた令和8年6月まで作業は実施済みであるから、A社は残額全額の支払義務を負う。
  • 人員を追加している為、その分報酬が増額されている。

他方で、A社の主張は以下です。

  • 契約は完成したゲームに対して業務委託料が発生する請負契約であり、ゲームが完成していない以上、一切の金銭を支払う義務を負わない。
  • 逆にB社は、契約解除によりA社が既に支払った1億円を返還する義務を負う。

ここでの争点は、契約の性質が、準委任契約なのか、請負契約なのかという点です。

準委任契約:ゲームが完成したか否かにかかわらず、稼働工数に応じて業務委託料が発生

請負契約:ゲームが完成したことを条件に、業務委託料が発生

なお、準委任契約であっても、B社は善良なる管理者の注意義務をもって開発を実施する義務を負っているため、瑕疵のあるものを納品した場合は、善管注意義務違反が問題となります。もっとも、α版の完成までは問題が生じていないことから、少なくとも支払われた1億円の返還請求は回避できそうです。

他方で、請負契約の場合は、結局ゲームは完成していないため、1億円の返還請求に応じなければならない可能性が出てきます。

次にB社としては、以下の主張が考えられます。

  • 契約が請負であったとしても、開発納期が遅延したのは、A社の仕様変更が原因である。
  • 追加業務が発生しているため、その分報酬が増額されるのは当然である。
  • β版は完成しており、検査不合格としたのはA社の恣意的な判断であり、B社に責任はない

他方でA社としては、以下の主張をします。

  • 仕様変更はそれほど重大な変更ではなく、当初の契約の範囲内である。
  • 追加業務についても、当初の契約範囲内であり、業務委託料は増額されない
  • β版を検査不合格としたのは、B社の開発に問題があったためであり、B社の責任である。

ここでの争点は、①最初の契約の成果物の内容や範囲、②β版が完成していたのか否かです。

どちらの主張が正しいのか訴訟で争っていくことになりますが、1年6ヶ月間のA社とB社のやり取りを全て洗い出して証拠を探し、裁判所に提出することになります。Slackなどのチャットツール上のやり取り、メール、随時更新された形跡のある仕様書、成果物のデータなどを全て証拠化し、裁判所に提出することになるため、証拠の量は膨大な量となり、関係者の尋問を行うなど、かなりの労力がかかります。

また、実際はもっと細かい争点がいくつも出てくるので、訴訟には2年から3年程度の時間がかかることが想定されます。

このような紛争は、契約によって防ぐことが可能です。当事者の認識をすり合わせて書面で残しておくことにより、紛争は予防できるのです。また、万一紛争になってしまった場合にも、例えば、「この契約は準委任契約である」と記載されていれば、一つ目の争点は生じず、訴訟の労力も低減されるという効果もあります。

必要な契約書の記載

まず、請負契約か準委任契約かという争点は、開発紛争に頻繁に登場します。

したがって、契約書には、契約の性質を明記しておくことが重要です。例えば以下のような記載です。

甲及び乙は、本契約が、成果物の完成を目的とした請負契約として解釈されることを確認する。
甲及び乙は、本契約が、人月単位で報酬が設定されており、稼働工数に応じて業務委託料が発生する準委任契約として解釈されることを確認する。

なお、この記載は、誰がどう見ても請負契約or準委任契約の設計になっている契約書であれば必須ではないため、一般的な契約書には記載されていないケースもありますが、明確化の観点から記載しておいた方が無難といえるでしょう。

次に、成果物の仕様を明確に定めておくことが重要です。例えば、「成果物の使用は別紙記載の通りとする。」と明記して、別紙に仕様書を添付して成果物を特定する形が一般的です。

ただし、ゲーム開発においては、プロデューサー、アートディレクター、ゲームの方向性、予算のみが設定されており、契約の段階で具体的な仕様が固まっていないというケースも散見されます。ゲームに限らず、映画や新規ウェブサービスの開発など、このような座組でスタートするプロジェクトも珍しくありません。

この場合は、仕様が固まった段階で覚書を締結することが重要です。また、仕様変更があった際も、業務委託料の増額や納期の延長についてしっかりと協議をした上で、覚書を締結することが重要です。

このように、段階に応じて、その時点の認識をしっかりと書面に残して合意をするというのが、双方にとって、紛争の予防につながるのです。

まとめ

本稿では、開発紛争事例を参考に、契約書の必要性や、契約条項の内容について解説を行いました。

大きな紛争となれば、長期間にわたり多大な労力を要する上、弁護士費用だけでも相当な額となりますので、紛争は未然に防ぐことが何より重要です。

紛争を予防するための契約書は、雛形の使い回しでは足りず、各プロジェクトの性質や、想定されるリスクに応じた条文の設計が不可欠です。

弊所では、エンタメコンテンツの制作契約や、ウェブサービス・ソフトウェア・システム開発契約などを日常的に扱っており、事前にトラブルを予測した契約書の作成を行っております。

また、アニメ、ゲーム、映画、ソフトウェア、システム等の開発紛争を多数取り扱ってきた実績があり、実際の紛争解決や訴訟対応の経験も豊富です。

契約書の作成、レビュー、紛争対応のいずれについても、どうぞお気軽にご相談ください。

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