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エンタメ・知財法務

2024.08.05

芸能事務所からの退所問題〜マネジメント契約と退所後の競業避止義務について〜

芸能事務所と所属タレントとが取り交わしているマネジメント契約には、芸能事務所の退所後に一定期間、他の事務所へ所属しての活動や芸能活動を禁じる定めが設けられることが多くみられます。

いわゆる競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)の規定です。

芸能事務所側としては、このような制限を設けて退所後の活動を一定期間は縛っておきたいと考えるのに対して、タレント側としては、退所後は制限なく自由に活動したいという要望があります。

今回は、マネジメント契約書でも多く目にすることがあると思われる競業避止義務について、その法的な問題点を裁判例等も交えて解説していきたいと思います。

CONTENTS

執筆者プロフィール

弁護士法人LEON
弁護士 吉永 雅洋

生命保険会社での社内弁護士の経験をもとに、契約書のリーガルチェックをはじめ、
新規ビジネス等の法務審査、訴訟等の紛争解決等、多岐にわたる企業法務の業務に携わっております。
特に、IT関係やエンタメ関係の企業様からご依頼をいただいております。
また、事務所としてはインターネット問題に注力しており、誹謗中傷やリベンジポルノ等の問題解決にも日々尽力しております。

この記事を3行でまとめると・・・

マネジメント契約における競業避止義務は、憲法、民法、独占禁止法などの法律が関係する

競業避止義務の制約の合理性について、諸事情を考慮してその有効性が判断される

案件によって個別具体的な検討が必要となるため、弁護士等の専門家へ相談するのが望ましい

競業避止義務

競業避止義務とは

競業避止義務とは、一定の事業について、競業行為を差し控える義務です。

芸能事務所とタレントの関係で言えば、他の事務所へ所属して芸能活動を行うことや事務所から独立して芸能活動を行うことを禁じるものです。

マネジメント契約書には、一定の期間を設け、このような趣旨の規定が置かれていることが多いです。

規定の背景

芸能事務所は、所属タレントに投資をしています。

必要なレッスンを受けさせたり、広告等で世間に認知させたりして、所属タレントを育成・ブランディングし、また、知名度を上げ、市場価値を高めていきます。

芸能事務所が所属タレントに育成費用を投入する理由は、所属タレントが成功した際のリターンにより費用の回収を期待してのことです。

それにもかかわらず、所属タレントが「売れて」から、間をおかずに芸能事務所を退所して別の芸能事務所に所属して活動をしたり、事務所から独立して活動を行ってしまうと、事務所側としては費用が回収できません。

芸能事務所がこれまでかけてきた時間も労力も費用も、意味がなくなってしまいます。

法的な問題(1)はじめに

タレントの職業選択の自由

もっとも、タレント側としては、所属していた芸能事務所との関係が切れれば、後は何ら制限なく芸能活動をしたいと思うでしょう。

競業避止義務を課すことによって、所属タレントが芸能事務所の退所後において自由な活動ができなくなるため、所属タレントの職業選択の自由(憲法第22条第1項)との関係で、マネジメント契約における競業避止義務規定による契約上の縛りが許されるのかが問題となります。

このように、芸能事務所側、タレント側、それぞれの立場で言い分があるのが、競業避止義務の問題、ということになります。

なお、憲法で保障される職業選択の自由の話を出しましたが、憲法は国家権力を規制するものであるため、その趣旨は反映させつつ(間接適用)も、実際には、後述の民法上の公序良俗違反等で具体的に争われることになります。

民法、独占禁止法

民法には、「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」(民法第90条)という定めがあります。

公序良俗(社会的妥当性)に反する法律行為を無効とするもので、これにより、社会的妥当性を持たない、一方当事者にとって著しく不利益な契約内容は、無効となります。

また、独占禁止法では、「優越的地位の濫用」が禁じられています。

優越的地位の濫用とは、①取引の一方の当事者が自己の取引上の地位が相手方に優越していること(優越的地位)を利用して、②正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える行為(濫用行為)を行うことをいいます(独占禁止法第2条第9項第5号)。

これを「不公正な取引方法」の一類型として禁止しています(同第19条)。

競業避止義務を課すことにより、所属タレントが退所後に自由な活動することを縛ることが、著しく不利益な契約内容で公序良俗違反であるといった主張や、力の強い事務所が不当に不利益を与えるものであるとして優越的地位の濫用であるなどとして、争われることになります。

法的な問題(2)民法(公序良俗違反)

裁判例(東京地判平成18年12月25日)

東京地判平成18年12月25日は、芸能事務所が所属していた歌手との契約において2年間の競業避止義務の縛りを設け、その規定の効力が問題となった事案です。

この裁判例は、契約解消後の芸能活動を2年間禁止することについて、以下のように、契約としての拘束力がない旨判示しました。

「本件専属契約7条(※)の規定内容は前提事実記載のとおりであり、同条の規定は、文言上、本件専属契約が終了した後2年間は、原告について、やむを得ない事由がある場合にその都度被告の書面による承諾を得るのでなければ、芸能人の紹介斡旋をする他の事業体に所属することや個人で芸能活動を行うことを禁ずる趣旨に解されるが、芸能人の芸能活動について当該契約解消後2年間もの長期にわたって禁止することは、実質的に芸能活動の途を閉ざすに等しく、憲法22条の趣旨に照らし、契約としての拘束力を有しないというべきである。」

(※)本件専属契約7条

原告(タレント)は、専属契約終了後2年間は、芸能人の紹介斡旋をする被告(事務所)以外の事業体に所属することや個人で芸能活動を行うことはできない。やむを得ない事由がある場合は、その都度、被告(事務所)の書面による承諾を必要とする。

 

しかしながら、それに続けて、以下のような判示をしていることが注目されます。

本件専属契約7条を全面的に無効とするわけではなく、限定解釈したのです。

「しかし、他方において、原告本人尋問、被告代表者尋問の各結果、弁論の全趣旨を総合すると、被告が原告との間においてこのような内容を含む本件専属契約を締結した背景には、被告が原告の養成、宣伝プロモートのために時間、労力、努力、なかんずく資金を費やすことに鑑み、原告の芸能活動が上記資金を上回る利益を被告にもたらさないうちに本件専属契約が終了した場合には、原告が被告に対して、被告が原告のために支出した出捐を補填することを約す趣旨を包含し被告は、原告に対し、上記趣旨に適する限度で、被告の出捐を補償する義務を承認したものと解するのが相当である。」

「本件専属契約7条が合意された趣旨は、被告が原告の養成や宣伝プロモートのために時間、労力、努力、資金を投じ、これが成功すれば、被告に利益をもたらす関係にあることから、被告の出捐について、原告に補償を約させるところにあると解されるのであり、芸能人の売出しには、これらの出捐が必須であることは公知の事実というべく、これを専ら被告の負担とすることは、現在の社会情勢、公序との関係で相当とはいいがたく、本件専属契約7条が全面的に無効であると解するのは失当であり、前示の限度で意味があるものとして、限定的に解釈するのが相当である。

 

その上で、事務所による出捐内容を検討の上、「本件専属契約7条に基づいて補填すべき金額」を算定しています。

専属契約に基づいて、事務所側に一定のまとまった金額(430万円以上)を補填するようタレントに命じる判断がされています。

考え方(私見)

この裁判例は、契約解消後に芸能活動を2年間禁止することについて、契約の拘束力は認めなかったものの、後段では、芸能事務所がタレントに投資していることを強く意識した判示をしています。

そして、「本件専属契約7条に基づいて補填」をするべきものとして、タレントが事務所に一定の金銭を支払うという判断をしているのです。

このように、裁判所は、競業避止義務の問題に関して、金銭的な解決に肯定的な考えを示していると見ることができるように思います。

裁判例(東京地判令和4年4月28日、知財高判令和4年12月26日)

①東京地判令和4年4月28日(原審)

東京地判令和4年4月28日は、芸能事務所が所属していた音楽バンドとの契約において6ヶ月間の競業避止義務の縛りを設け、その規定の効力が問題となった事案です。

東京地判令和4年4月28日においては、以下の判示がなされています。

ここでは、競業避止義務規定が有効であることを前提とした判断がなされています。

「契約書に規定された条項が公序良俗違反等の一般条項により無効になるのは、その無効を基礎付ける事情が認められる場合である。ここで、上記条項(※)は、原告らの活動に制約を課すものではあるが、被告会社が本件各通知をした当時、上記条項のように、実演家のグループとしてマネージメント会社と専属契約を締結していた者について、そのグループとしての活動をマネージメント会社との契約終了後6か月間という期間に限定して制約を課すこの種の条項が具体的事情に関わらず無効であるとの一般的な認識が形成されていたとの事情や、そのような見解が有力であったといった事情を認めるに足りない。その他、本件各通知の当時、被告会社が、同条項について無効であると認識すべきであった事情は認められない。」

(※)条項

実演家は、契約期間終了後6ヶ月間、甲への事前の承諾なく、甲以外の第三者との間で、マネージメント契約等実演を目的とするいかなる契約も締結することはできない。

 

②知財高判令和4年12月26日(控訴審)

しかし、①の控訴審では、競業避止義務の定めが公序良俗に反して無効であると判断されました。

まず、控訴審では、本件条項の制約の合理性の有無の判断にあたり、以下のように複数の考慮要素を挙げています。

この判断要素は今後も参考になると思われます。

「本件条項は、本件専属契約の終了後において、上記のような一審原告らの実演家としての活動を広範に制約し、一審原告らが自ら習得した技能や経験を活用して活動することを禁止するものであって、一審原告らの職業選択の自由ないし営業の自由を制約するものである。そうすると、本件条項による制約に合理性がない場合には本件条項は公序良俗に反し無効と解すべきであり、合理性の有無については、本件条項を設けた目的、本件条項による保護される一審被告会社の利益、一審原告らの受ける不利益その他の状況を総合考慮して判断するのが相当である。」

 

そして、結論としては、「本件条項により一審原告らの実演活動を制約したとしても、それによって一審被告会社に利益が生じて先行投資回収という目的が達成されるなどということはなく」、「本件条項は公序良俗に違反し無効であると解するのが相当である」として、競業避止義務条項は無効であると判断しました。

 

もっとも、以下のように、金銭的な解決や先行投資の回収可能性について言及していることが注目されます。

「仮に、一審被告会社に先行投資回収の必要性があり、それに関して一審原告らが何らかの責任を負うような場合であったとしても、これについては一審原告らの実演活動等により生じる利益を分配するなどの方法による金銭的な解決が可能であるから、上記必要性は、本件専属契約終了後の一審原告らの活動を制約する理由となるものではない(加えて、本件専属契約の合意解約がされた令和元年7月13日までに、本件専属契約が締結された平成22年8月1日から約9年間、一審原告ら全員が本件グループに加入することとなった平成24年7月からでも約7年間が経過しており、また、本件専属契約も数回にわたり更新されてきたものであること(前提事実(2) )からすると、本件においては、一審被告会社による先行投資の回収は当然に終了しているものと考えられるところである。)。」

考え方(私見)

本事案の控訴審では効力が否定されていますが、原審では効力が認められることを前提とする判断がされているように、競業避止義務条項の効力については、裁判では、判断が分かれると見るべきだと思います。

控訴審では、芸能活動のせいと先行投資回収は関係がないなどとして、競業避止義務条項を無効と判断していますが、金銭的な解決や先行投資の回収可能性にわざわざ言及し、本事案では契約期間が長い(複数回、契約更新しています)という事実関係から、先行投資の回収は当然に終了していると述べています。

本事案では先行投資の回収は終了しているという事情があるので、金銭的解決の必要性が低かったのです。

本事案は、専属契約締結から9年が経過しているグループですので、例えば、芸能事務所の所属期間が短いタレントの事案では、本事案を直ちに参照できるものではなく、先行投資の回収が終了していないような場合には、本事案と同じような結論にならない可能性もあるように思います。

東京地判平成18年12月25日の裁判例も併せ見ると、やはり裁判所は、競業避止義務の問題について、金銭的な解決を視野に入れていると見ることができると思います。

法的な問題(3)独占禁止法(優越的地位の濫用)

公正取引委員会の想定例

公正取引委員会(令和元年9月25日公正取引委員会「⼈材分野における公正取引委員会の取組」)は、芸能事務所と芸能⼈との間のいわゆる所属契約や取引慣⾏について、独占禁⽌法上問題となり得る⾏為として、例えば、以下のものが想定されるとしています。

<芸能⼈の移籍・独⽴に関するもの>

所属事務所が、契約終了後は⼀定期間芸能活動を⾏えない旨の義務を課し、⼜は移籍・独⽴した場合には芸能活動を妨害する旨⽰唆して、移籍・独⽴を諦めさせること(優越的地位の濫⽤等)

 

その上で、以下のように述べています。

「これら⾏為が実際に独占禁⽌法違反となるかどうかは、具体的態様に照らして個別に判断されることとなる。例えば、優越的地位の濫⽤に関して、不当に不利益を与えるか否かは、課される義務等の内容や期間が⽬的に照らして過⼤であるか、与える不利益の程度、代償措置の有無やその⽔準、あらかじめ⼗分な協議が⾏われたか等を考慮の上、個別具体的に判断される。」

考え方(私見)

「具体的態様に照らして個別に判断される」とされている通り、①課される義務等の内容や期間が⽬的に照らして過大であるか、②与える不利益の程度、③代償措置の有無やその水準、④あらかじめ十分な協議が行われたか等を踏まえて、事案に応じて判断されるものになります。

なお、公正取引員会は、あくまで「独占禁⽌法上問題となり得る」例を挙げたものであり、挙げられた例が直ちに独占禁⽌法違反であるとしたものではない(諸事情を考慮して個別具体的に判断されるべきもの)と見るべきであるように思います。

競業避止義務の実際

競業避止義務は、上記の通り、諸事情を考慮してその有効性が判断されることになります。

現状、最高裁の判例があるわけではないので、個々の事例判断でその効力が判断されます。

競業避止義務の年数を長期に設定すれば、その効力が否定される方向に働きますが、一律に判断することは難しく、無効や限定解釈される可能性、そのリスクは視野に入れつつも、どういった内容が良いと考えられるのか等、マネジメント契約を作成する際には、その辺りの温度感を知っておく必要があると思います。

ただ、ご自身で全てご判断することは中々難しいかと思いますので、一度、専門家へのご相談をご検討いただいた方が良いものと考えます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は、マネジメント契約の競業避止義務の問題について解説いたしました。

既にご説明しているところではありますが、競業避止義務の問題は、案件によって個別具体的な検討が必要となるものと考えております。

そのため、やはり、懸念点等については、弁護士等の専門家へのご相談いただくことをお勧めいたします。

 

弊所では、数多くの芸能事務所様からご依頼をいただいており、マネジメント契約等の作成やレビュー等について、さまざまな助言等を行ってまいりました。

また、実際にトラブルに発展してしまった場合の対応実績も豊富です。

弊所では、ご相談者様の個別のご要望や懸念事項に応じて、具体的なアドバイスを提供できるよう心がけております。

是非、お気軽にご相談いただけますと幸いです。

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